ブエノスアイレス午前零時 感想①
今回もいつも通りほったらかしてました。い、忙しかったんや。それなりに忙しかったんや。と言うことで本日は「ブエノスアイレス午前零時」の感想をば。
今回入ったのは初日、中2日、東京楽の4日間。
初日前にIZOを観てからの観劇だったのでまぁ自分の中のハードルは上がりに上がっていた訳ですが……軽々超えてきて驚いた。笑
何と言うか、周りが口を揃えて「森田剛の舞台演技はすごい」と言ってたのは伊達じゃなかった。
あの小さな身体のどこにあんなエネルギーが秘められているんだ、と。
声の重み、熱量。静かな時も確実に何かを秘めていて、大声を出した瞬間それが爆発するように外へと放たれるあの感じ。あのエネルギー。
力強くて、しなやかで、それでいて触れたら壊れそうなほどに繊細。
そんな相反するものの全てを上手い具合に自分の演じる役に落とし込んでいる人を私は観たことが無い。
そんな初めての体験…気づけばIZOを観た時よりも、ずっとずっとゾクゾクしてた。
そうやって何度も観る中で思った事を少しだけ。あくまでも私個人の感想ですので分かり合えない部分は飛ばしてやってください。
- カザマとニコラスと森田くん
あんなに素敵な演技をする方に悪く言うのもおこがましいけれど、悪く言ってしまえば「何を演じていても"森田剛"が抜けない」
でもけして悪いように捉えたわけではなくて、なんと言うか、二つの役の中で微かに香る"森田剛"が良いアクセントになっていると言うか、口で説明するのは難しいけれど…役を通して魅た、魅せられた"森田剛"に惚れて、恋せざるおえない空間だった。恐ろしい。
- 音、リズム、
それ自体が何と言うか、彼の魅力を音源化したようなものだったように思える。
特に最初、マリアがカザマの頬を撫で「貴方だけを、見ていたの…」と喋る間にタンゴを踊る数人の男女がでてきたあの時、あの時の音楽。あれそのものが"カザマ"の"ニコラス"の"森田剛"の魅力を音源化しているような気がして。時折入るキュイーンって歪んだ音も、含めてそんな気がして。
「森田剛が主演を引き受けてくれた。そこ発信で出来上がった舞台(意訳)」の言葉に相応しい、彼のイメージ通りな音楽だった。
- タンゴ
「明日がある人間なんて誰もいない。店の床下には何かが渦巻くように這っていてみんなそれに引き摺り込まれる事に抗うかのようにして踊ってた…!」
この台詞が全てを表していた気がする。本当に、みんな何かに抗うかのようにして踊ってた。必死になって、命を燃やしてた。情熱的で、でも壊れそうで…カザマやニコラスに負けないくらい、そんな相反する要素が醸し出す魅力を存分に舞台上に漂わせていた。
ニコラスのカザマのタンゴ、ほんの少しだったけれど、会場全体が彼に恋した瞬間だった。公演を重ねるごとに男らしくなって行く彼の踊りに、大きく、力強くなって行く彼のオーラに。恋する他無かった。
優しくて、それで居てカッコ良くて。30代、伊達じゃないよ。笑
- 匂い
所々で客席に漂ってきたあの匂いが、音や彼らの台詞とマッチして、本当にブエノスアイレスにいるような気分にさせられた。細部にまでこだわっていたの、本当に凄いなぁと。
- カザマとニコラスの境目
東京楽にむかえばむかうほど、カザマの眼とニコラスの眼の色が違ったり、歩き方や喋り方、猫背具合に特徴がでてきていたり…。
初日はそこらへんがぼんやりとしていて「どこ…?!どの瞬間変わったの??」となる部分が多々あったり、気がついたらニコラスじゃなくてカザマだった、みたいなことが多かったけど、東京楽では「来た…!今この瞬間、もうニコラスだ。」みたいな。クルッと回った一瞬で、倒れて立ち上がる瞬間に、カウンターに隠れて出て来たら既に、もうカザマからニコラスに変わっていた。
森田くん、空気まで変えるんだから凄いよなぁ、とただただ見惚れる他ない。いやなんなら全編通して見惚れてたけど、そのせいで4回も入ったのにメモ一つもとってなくて今感想書くの凄い難航してるけど。
- ミツコ(瀧本美織さん)について
「吸収の早い、とてもクレバーな存在。彼女らしさも残しつつ、非常に可愛らしいミツコが出来上がったんじゃないか」と言う感想の通り、本当に、元気で健気で純粋で可愛らしいミツコだった。普段の瀧本さんを残念ながら知らないけれど、きっと彼女自身も元気で健気で純粋で可愛らしい方なんだろうなぁ、と。
後半の"マリア"から"ミツコ"に変わる瞬間。2階へとニコラスを連れて行ってからのあのシーン。ニコラスが刑務所に入っている間、彼のためにたくさんの男と寝たにもかかわらずあの純粋さ、処女性。きっとあれは心までも蝕まれなかったからなんだろうなぁ、と。と同時に、あの演技は彼女にしか出来ないんだろうなぁ、と。
泣きながら言った「いいの、行って…私はもう救われてる。」あの台詞の吸引力は本当凄くて…きっとあの瞬間、誰もがフアン最低!!と思っただろうし(安直)ミツコとニコラスの幸せを願ったと思う。
でも多分、ミツコは本当にあのまま1人戦い続けても、幸せだったんだろうな。心の中に何にも負けないほど大きく強い心の支えがいる、そんな存在がいるって凄い幸せだし。必ず最後に愛は勝つって信じることが出来たから、あそこまで頑張れたんだろうなぁ。
とにかく、終始踊り良し、演技良し、可愛らしさ良し、色気良し、熱量良しだった瀧本美織さん。彼女がミツコを演じたからあの舞台はあそこまで素晴らしいものになったんだと思う。
- マリア(原田美枝子さん)について。
先ほど書いた台詞の他にも思い出すのはマリアが静かに紡ぐ言葉たちばかりで。あの「ブエノスアイレス午前零時」の重く湿っていてそれでいて情熱的な空気感はマリアの言葉たちがないと完成しなかっただろうなと思う。
「硫黄の匂い…温泉卵、タバコ…居るのね…ニコラス」
「そうよね、ブエノスアイレスの男は笑わないものね。」
「もう貴方は床を這う必要なんてないのよ!ねぇ!可哀想じゃない、何とかしてよ…!お金ならほら、ちゃんと毎月送金してるから……っ!!」
静も動も、あんなに声一つ動き一つ目線一つで使い分けられる人を始めて観たし、彼女がマリアでよかったと思った。
ブエノスアイレス午前零時は、1人2役が多い中でただ1人マリアだけが、みのやホテルの地でもブエノスアイレスの地でも一貫して"マリア"だったからって言うのもあるんだろうけれど、全てのバランスを丁度にしてくれる存在だったように思えた。
ちぐはぐな空間、ちぐはぐな2面性、ちぐはぐな人間たちが、マリアのナレーションによって綺麗に1面に繋がる、と言うか、難しいけれど、そんな感じ。
最後の踊りも本当に上品で美しかったし、視線の鋭さがツラく苦しい環境を乗り越えて来たマリアそのものだったように思えた。
…原田さんに関しては、書きたいことがありすぎてどう締めるか悩んでいるけれど、最後に。
「眼帯をして居る時は本当に目を瞑って居るんです。そうしないと"見えている"演技になってしまうから」と言った原田さんには頭が上がりません。また、森田くんとご一緒したところを見ることが出来たらいいなぁ。
………毎度のことながら長くなって来て居るのに、まだ主要人物3人の感想しかかけてないしカザマやニコラスの好きな台詞も書けてない。まとまらない。
と言うことで続きもポツポツ落として行き、たいとおもっています。いつになるかな!